2019/9/21「事業を進めるうえで何を大切にするか」

8回目の今回は、アストロ・テック代表取締役・佐藤秋夫さんにお越しいただき、「事業を進めるうえで自分の軸をどこに置き、何を大切にするか」をテーマに、これまでのご経験談とその中で大切にされてきたこと、そして今後の展望についてお聞かせいただきました。

 

<タイムライン>

10:00 今日の目的・ゴールの確認、自己紹介
10:10 佐藤さんよりこれまでのご経験談
11:00 フリーディスカッション
12:00 終了

 

冒頭に参加者全員で自己紹介を行ったのち、早速、佐藤さんのこれまでのご経験についてお話いただきました。

 

 

2003年に会社を設立した時のこと、2006年に火事で会社が全焼してしまった時のこと、2008年のリーマンショックの時のこと。
いずれも乗り越えるのは簡単なことではなかったけれど、知人に助けられてここまで来ることができた、と佐藤さんは当時のことを一つ一つ振り返ります。

 

そして2011年の東日本大震災の時のこと。

アストロ・テックさんの工場は大部分が損壊し、1階部分が浸水。2階にあった機器をどうにか担いで引っ張り出した佐藤さんたちは、被災をなんとか免れた社員さんのお宅まで1〜2時間かけてそれらを持っていき保管しました。

「人間、窮地に追い込まれると涙は出ないし、感情も出ないんだなと思いました。震災後10日間は誰しも目が死んでいて、交わす言葉も「おはよう」の挨拶程度でした。2〜3週間が経ち、ようやく笑顔が少しずつ戻ってきました。」

と佐藤さん。

 

そうした状況の中で、佐藤さんは3月19日から企業活動を再開。

社員さんからは「3月10日までの分のお給料が欲しい」との申し出があったそうです。佐藤さんは知人からどうにか50万円をかき集め、5万円ずつ8人の社員さんに手渡しました。残りを、避難していた3人のパートさんに3万円ずつ、1時間以上かけ歩いて届けに行きました。

 

4月になり、佐藤さんは知人を頼って、まだ瓦礫の残る道を歩いて内陸の登米市まで行きました。その方との交渉の結果、工場を借りることができ、そこで業務を再開できることに。社員さんのお宅に保管していた機器を登米まで運び出し再稼働させ、物流手段には宅配便を活用し、少しずつできることから再開していきました。

「1時間でも働く場所があれば気持ちも前向きになるだろうと思って。みんなで1000円でも2000円でも、ちょっとでもいいから稼ごうと思いました。」

 

震災当時23名いた社員の中には、引っ越しなどの事情で自ら退職された方もいましたが、会社からは1人も解雇しませんでした。毎月の利益を開示して、全員できっちり均等に分けたそうです。

「社員は雇うもの、使うものではなく、仕事をしてもらっている存在です。社員の働きのおかげで自分も三度の飯を食べることができています。」

 

そんな社員と家族がいる南三陸にどうしても戻りたかった、という佐藤さんは7月、地域の会合で一般社団法人LOOM NIPPONを立ち上げた加賀美由加里さんと出会いました。加賀美さんは震災復興のために、南三陸でバッグを製作し、そのバッグの売上の一部を、震災後20年をかけて南三陸に3000本の桜の木を植える資金として寄付される計画をされています。そのために当時、南三陸でバッグを作る会社を探していたところでした。

震災前から、若い人が町を出て行ってしまう傾向をどうにかしたい、そのためには若い人が就きたいと思える仕事がもっと必要だ、と考えていたという佐藤さん。バッグの製作経験はありませんでしたが、やりたい、と加賀美さんに申し出ました。

「できる理由が1つでもあれば、なんでもできると信じています。当時、ミシンができる社員が1人いました。」

 

とはいえ、バッグの製作方法を付きっきりで教えてくれる人はおらず、たまに来て指導にあたってくれる専門家の方が滞在できる時間はわずか2時間と限られていました。そのため、サンプルを分解しながら、作り方を一から、社員みんなで一緒に考えていきました。
また、加賀美さんのつながりからバッグの製造に必要な機械を譲ってもらえるという話もありましたが、佐藤さんは購入させてほしいと申し出ました。

「頼まれてやるのではなく、自分がやりたいからやると決めたんです。他人に甘えることができない状況を経て、自分で考える力がつきました。」

 

今の工場の再建に向けて動き出したのもこの頃。
再建にあたってはまとまった資金が必要でしたが、助成金や補助金は一切使いませんでした。

「助成金が入らなければやっていけないというのでは経営者としてだめだと思い、銀行に融資をお願いすることにしました。売上計画を出してから6ヶ月間様子を見てもらいました。結果、計画を少し上回っていたことから信頼してもらえたのか、融資が下りました。こんな自分でも、本当に必要なお金であれば貸してもらえるんだと思いました。本当にありがたかったです。
三度の飯を一度にしても返さないといけないのが借金。借金を活かしながら、事業を成長させていこうというマインドが大切だと思います。お金とは向き合うしかありません。「やってみる」ではなく「苦しくてもやる」と決めたから、できたことだと思います。」

10月に現在の場所に会社を移転できた時にようやく、「震災後、初めて涙が出た」と佐藤さん。

 

自社工場を再建後、ハンドバックに加え、ポーチの製造を開始しました。

「被災地だからなんでもあり、ではなく、クオリティにはミリ単位でこだわっています。“欲しいものを買ったら、アストロ・テックだった、南三陸だった” としたいんです。手編みだと1つのバッグを作るのに3〜4時間かかります。何でこんな手間のかかる作り方をするの?と言われることもありますが、そんな時は相手のお話を聞いた上で、自分たちはこう考えるのでこうしています、とお伝えしています。商売が下手だと言われるけど、手は抜けませんね。
もし売れない商品があったら、それは販路が悪いのではなく、デザインや価格が悪いから、必要とされていないからです。売れないのは、他人のせいではありません。」

「自分にプライドはありません。価値観というほど大それたものではないけれど、命があればなんとでもなる、命を授かった者は額に汗してがんばる、負けない。ただそれだけだと思っています。人は何度でも立ち上がることができる、と信じてやってきました。」

と、ものづくり、そして、事業に対するこだわりと情熱をじっくりと聞かせていただきました。

 

社員さんとの向き合い方についてはどのように考えていらっしゃるのでしょうか。

「社員と一緒に学ぶ、が基本姿勢です。人の可能性を導くのが経営者の責任。本人がやろうとしていることをこちらから言ってしまうと、本人はムッとしてしまうことが多いと思います。だから、自分がやりたいことだけを伝えて、やり方は本人に任せるようにしています。少し苦戦していそうな時は、決して押しつけずに、こうしてみては?と伝えて、本人の考えを引き出すようにしています。」

今の会社は、30代の社員さんが中心となって多くのことをこなしているそうですが、その方がいなくても回るように、人づくりに取り組んでいるとのこと。

「どうせ後で検品するんでしょ、というような考えの人にはラインから外れてもらいます。自分たちが目指しているところに向けて、一つ一つ作り込むことを大切にするよう伝えています。」

そんなアストロ・テックさん、2019年の春には、10代と20代の社員さんが新しく入社されました。
ひとりでも多くの若者を雇用したい、という佐藤さんの想いが一歩ずつ実現されてきています。

 

お話の最後には、原材料の調達方法へのこだわりや、開発中の新しい生地の編み方、バッグやポーチ以外の商品の開発、環境配慮に関する取り組みなど、今後取り組んでいきたいことについてもお聞かせいただきました。

 

 

一つ一つのお話に心に響くものがあり、あっという間に過ぎた2時間。
前回に引き続き、自分が何を大切にしたいか考える機会となったセッションでした。

fin.